「TOKYO STYLE」は開くたびにワクワクする

都築響一さんのTOKYO STYLEは、1990年代の初めの普通の東京人の部屋を紹介する写真集です。30年前の写真ですが、今見ても友達の部屋に初めて行った時のようにワクワクする。これからどこに住んで何をしようかと思っている人も、ちょっとくたびれている人も、見る(読む)と元気がでます。

夕暮れの東京

初めてTOKYO STYLEを手に取ったのは、取引先のある最寄り駅だった目黒駅の上にある書店だったか。大判の本と文庫本サイズの本が置いてあった。

アマゾンで発売日を確かめると、1993/9/1とある。出版社は京都書院。この出版社はもういまはない。

多分、私が手に取ったのは1996年の秋頃だったのではないかと思う。

読み始めるとすぐに写真の中に没入してしまった。すごい・・・。私は高校生の頃から下宿生活をしていたので、友達の部屋を訪ねるのがとても好きだった。どんな本を持っていて、どんな音楽を聞いているんだろう?どんな趣味を持っているんだろう?

どの写真を見ても、まるで親しくなった友達の部屋に初めて行って、タバコを吸いながら買って来たビールを飲んでしゃべり始めたような気分になる。部屋のにおいを想像する。

好奇心旺盛で、なにか面白いことはないか嗅ぎまわっている年代だから、新しくて面白いことのきっかけがほしかったのだ。

他の本屋ではあまり見かけなかったので、この書店の店員さんの一押しだったんだろう。いつも置いてあった。それで、寄るたびにいつも立ち読みして味わっていた。買ってしまおうと何度か思ったのだが、他の新刊本を買うのが忙しくて後回しにしているうちに書棚から消えてしまった。

しかし、見たことがある人ならきっと誰でもそう思うのではないかと思うが、強烈なインパクトがあり、記憶に残る本だった。

私がいつも思い出すのは、(多分)東京芸大の学生寮のそれほど広くない共用スペースの写真。サンドバッグが天井からぶら下がっている。テーブルには一升瓶が置かれて、下にはビール瓶が並んでいる。壁は落書きだらけ。(これは学生寮の特徴だ)

ここに集まってどうでもよい話をしながら酒を飲んで、たまにサンドバッグを叩いたりするんだろうなとわかりやすい写真だ。しかし、見ると数秒で写真の中に没入してしまい、ワクワクしてくる。

写真の中のテレビがブラウン管の(リモコンではない)タッチチャンネル式だったり撮られたのはもう30年くらい前のことなのだが、そんなことは関係ない。ビールを数本ぶら下げて仲間に入れてもらいたくなる。

そして、出てくる部屋に共通しているのは、パソコンがないこと。バブル経済が崩壊したといわれたこの時代は、まだ一部のマニアが持っている時代だった。私はソフトのインストールが面倒くさかったwin3.1からパソコンを使い始めたが、win95発売がニュースになって皆がパソコンを買うようになった。しかし本当に、家庭に普及したのはwin98頃ではなかったかと思う。いまはスマホ時代なので、会社はともかく自宅にパソコンを置かない人も多いかもしれない。

そしていまやマニアだけしか置いていない大型のコンポ(オーディオセット)が現役で活躍していること。今は、専用プレーヤーのipodの時代が終わって、スマホで音楽を聞く時代だ。

しばらく忘れていたのだが、あるとき、中野ブロードウェイ3Fの本屋で、ちくま文庫に入ったTOKYO STYLEが新刊として入っていたのを発見し、すぐに買った。

アマゾンで発売日を見ると、2003年のことらしい。文庫本ながら、厚手の紙でできていて重量がある。ただ、一枚一枚の紙が硬くて厚いせいか、製本のための糊から外れやすいのでガッと広げて読むのは躊躇する。

前後して、図書館で一番最初に読んだ大判の本を借りた。ボロボロで修正のテープだらけだった。カウンターの人は、「この本とても人気があるんですよ」といっていた。そうだろうそうだろう。やはり大きい本で読むと迫力が違う。

英語のキャプションがついていたのは、外国人に、普通の東京人がいったいどんな空間に暮らしているのかをきちんとしたかたちで紹介するという意図があったようだ。確かに、このときまでこんな写真は見たことがなかった。

文庫本のあとがきにはこんなことが書かれている。

建築雑誌にもインテリア雑誌にも絶対に登場しない、ぼろくて散らかった部屋ばかり約百軒。分厚いハードカバーの写真集で定価1万2000円。あまりにも無謀なプロジェクトではあった。

いやいや(?)ながら出した出版社も大した度胸だと思うが、成功を信じるものも失敗を疑うものも、ひとりもいなかったこの本が、なんと売れてしまったのは奇跡としかいいようがない。

なにせ、定価より安い家賃の部屋まで載っているような「インテリア写真集」なのだから。

大判の写真集がとてもほしかったのだが、本としてはとても高価なので躊躇して買わなかったんだな。

ところで、著者、都築響一さんのサイトでは、このTOKYO STYLEのPDF版が販売されている。ディスプレーを操作して拡大して高解像度画像集を見ることができるのは魅力だ。

ダウンロード版 2,000円(税別)
特製USBメモリ版 3,500円(税別)+送料360円

SHOP | ROADSIDERS'weekly
『ROADSIDE LIBRARY』は週刊メールマガジン『ROADSIDERS’ weekly』から生まれた新しいプロジェクトです。2012年から続いているメールマガジンの記事や、その編集を手がける都築響一の過去の著作など、「本になるべきなのに、だれもしようとしなかったもの」や、品切れのまま古書で不当に高い値段がついて...

圏外編集者にはTOKYO STYLEの撮影を始めた頃の話が書かれている。

ついに我慢できなくなって、ヨドバシカメラに駆け込んだ。「素人でも使える大型カメラのセットください」って、買ってしまった。経験ゼロなのに。

とりあえず、友達のカメラマンにフィルムの入れ方だけ教わって、クルマを持っていなかったので、中古スクーターの足元にカメラバッグを置いて、三脚を背中に背負って、走り始めた。(中略)

当時はまだフィルムカメラの時代だったから、最近のデジカメのように高感度でもきれいに撮れる、なんてわけにはいかない。ストロボもないから、暗いままで撮る。ということは、露出時間が30秒とか1分とかになる。明治時代の写真みたいに。(中略)

だから本になったときに「部屋の主が写っていないのが、逆に想像力をかきたてる」とか評してくれたひとがけっこういたけれど、写したくなかったんじゃなくて、実は写せなかっただけ(笑)。

こんな話を読んでしまうと、この本がますます好きになってしまう。どこに住んで何をしようかと思っている人も、ちょっとくたびれている人も、ビールを飲みながら1枚1枚眺めていくと、きっと元気になる。

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