蟠竜寺 目黒区

目黒不動尊に行ってから、山手通りを出て中目黒方向、左に曲がりしばらく行くと、江戸最初山手七福神の看板があり、弁財天、蟠竜寺とあった。

先週、寄らずにスルーしてしまったので、今日は寄ってみた。実は、20年以上前の元旦に山手七福神を一日かけて初詣したことがある。しかし、どんな所だったか全く覚えていない。

山手通りから細い参道が続く。山手通りが少しごみごみしている感じがするので、この参道も少しさえない。

目黒区散歩道の看板が立っていた。

蟠竜寺(ばんりゅうじ)と弁天様

この寺の創建は宝永6年(一七〇九)。浄土律復興のため増上寺の高僧・霊雲上人が行人坂下の称明院をここに移し、蟠竜寺と改名された。本尊阿弥陀如来(あみだにょらい)像(都文化財)・善光寺如来像が安置されている。

本堂横の祠の中に山手七福神の石仏の弁財天があり、木造の弁財天は、お堂にまつってある。池の奥に「おしろい地蔵」の異名をもつ地蔵がひっそりと立つ。

細い参道を歩くと、すぐに雰囲気が変わる。先週の大鳥神社と同じだ。「あれ、なんかよい感じだな」登りになっている参道の先には、こんな緑に囲まれた本堂があった。

面積は小さいが、よく手入れされていて、やはり寺社特有の清浄な感じがある。来てよかったなと思う。

ふと右下を見ると、早くも梅の実が落ちていた。今日はまだゴールデンウイーク初日。4月28日である。今年は寒くなるのも暑くなるのも早い。年々季節の変わりが早くなっているように思う。

目黒区の看板があった。

蟠竜寺

下目黒3-4-4

目黒行人坂付近にあった称明院[慶安元年(1648)開創]を増上寺の高僧・霊雲上人が浄土宗の戒律を復興するため現在地に移し、宝永6年(1709)「霊雲山称明院蟠竜寺(ばんりゅうじ)」と改名再建されました。

次いで寛政6年(1794)律院(りついん)となりましたが、「不許辛肉酒(しんにくしゅ)入山門」の結界石がその名残を今にとどめています。

本堂には本尊として「木造阿弥陀如来像」(都文化財)があり、天明年間(1781~1788)に東都三番札所となり善光寺式三尊像も祀られています。

「江戸名図絵(えどめいしょずえ)」にのった境内は、当時の風趣が偲ばれ、元禄11年(1698)建立の地蔵尊があります。

また、山手七福神の一つであり、江戸裏鬼門の鎮守として岩窟内に石造弁財天、弁天堂内に木造の弁財天(八臂(はっぴ)の天女像)が安置されています。

さらに境内には、藍蠟の歌碑や下目黒尋常小学校創立の碑などもあります。

平成7年3月

目黒区教育委員会

左を見ると寺務所なのかな。しゃれた建物だなあと思う。

札所なので、こんな御朱印がいただけるようだ。

まず、本堂にごあいさつさせていただく。なんとも香りのよい線香が置いてあった。少し前にどなたかがお参りしたようで、よい香りが漂っている。

私も1本立てた。

境内はそれほど大きくないが、池があるのが特徴だ。きっと目黒不動尊と地続きの崖なんだろう。目黒不動尊も飲用できないが湧水がある。

きれいなお顔だなと思った。

こちらは一雨堂。こちらのお寺さんはイベントをここで定期的に催されているようだ。狭い小道が何とも風情がある。

蟠龍寺、東京都 目黒区 - 「いいね!」611件 · 66人が話題にしています · 718人がチェックインしました - 目黒区にあります浄土宗のお寺「蟠龍寺」の公式FBページです。 山手七福神の中で芸能・芸術などを司る辨才天を祀っておりますので、境内に音楽のスタジオがあったりもします。

池の周りは歩けるようになっていた。大きな亀がいた。

この池沿いの道の先にしゃれた家が建っていて、何ともうらやましいところにお住まいだなと思ったら、スタジオと書かれていた。そうか、こんな静かな雰囲気のところで、撮影するのかと思っていた。

家に帰ってきて少し調べてみると、音楽スタジオとライブハウスがあるらしい。蟠竜寺スタジオというのだそうだ。

何とも気持ちのよい場所だ。

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