等々力不動尊 世田谷区

スポンサーリンク

等々力不動尊に来たのがいつ以来か覚えていない。初めて来たのは、1990年頃。等々力渓谷に来て、歩いていると等々力不動尊に登る道があった。

なんで東京にこんなところがあるのだろうと思ったものだ。まだ、国分寺崖線(ハケ)のことを知らなかった。等々力不動尊の境内下には、不動の滝があり、そこに新体道の創始者、青木宏之さんの千社札が貼られていたことを思い出す。

山門は小さいが、なかなか立派だ。

山門横に立っている看板

東京都指定名勝

等々力渓谷(とどろきけいこく)

所在地 世田谷区等々力一丁目外
指定 平成十一年三月三日

等々力渓谷は国分寺崖線(ハケ)の最南端に位置する開析谷で、都区内唯一の渓谷である。台地と谷との標高差は一〇メートルあって、騒音も渓谷の中までは届かず、都区内とは思えないほどの鬱蒼(うっそう)とした樹木と渓谷美は、幽邃(ゆうすい)な景観を呈し、武蔵野の面影をよくしている。玉川全円耕地整理組合が、昭和五年から一三年にかけて谷沢川(やさわがわ)の流路を整備し、小径を設けるまでは、不動の滝からゴルフ橋にいたる渓谷内は殆ど人の立ち入ることもなく、雉(きじ)などの鳥類や、イタチ、キツネなどの小獣類、各種昆虫類の宝庫であった。

等々力不動尊左手の石段下には、国分寺崖線の湧水(ゆうすい)である不動の滝があり、かつてはこの滝に打たれて行をする修行僧が各地から訪れたと言われており、役(えん)の行者(ぎょうじゃ)ゆかりの霊場と伝えられている。等々力渓谷保存会によって行われている蛍(ほたる)祭りは、清掃活動とともに地域に根ざした保存活動として成果をあげており、清流復活運動の先駆けとなった地域である。

等々力渓谷は、東京都指定名勝「真姿(ますがた)の池湧水群(いけゆうすいぐん)」(国分寺市西元町)とともに国分寺崖線名勝群を形成する一つであり、東京を代表する自然地理的名勝として、植生学、地質学及び地形学上重要である。

平成十一年九月
東京都教育委員会

もう1枚あった。

等々力(とどろき)渓谷

等々力渓谷は谷沢(やさわ)川によってできた谷で、今でも多くの動植物がみられ、四季折々には咲き乱れる桜、常緑の木立、秋の紅葉も不動滝(ふどうのたき)(竜頭滝 りゅうずのたき)に映え、深山の趣きがある。谷間は粘土、砂礫(されき)、赤土(関東ローム層)の層が重なって地層の移りかわりをものがたっている。

不動滝は古くより知られ、清浄な渓谷にしぶきをたてて、とどろいていたことから、等々力の地名が起こったともいわれている。不動尊本尊は、真義真言宗の宗祖興教(こうぎょう)大師が山城国(京都府)よりこの地に移したと伝えられる。

昭和五十四年三月
世田谷区教育委員会

真言宗のお寺なんだ。

これがいいね。字は涼しいのだが、今日はとても暑い。渓谷を渡る風は多分湿度100%じゃないか。

境内に入ると、独特の清浄感がある。すごくていねいに掃除されているみたいだ。イチョウからまだ緑色のギンナンが落ちていたが、それがまたよい感じだった。

本堂ではちょうど祈祷の時間だったらしくお経を上げていた。外にスピーカーがあるので聞こえるようになっている。

カメラが自動で補正するので明るく見えるが、境内の一部はともかく木が多く葉っぱをたくさんつけているので全体的に割と暗い。

こぢんまりしているのだが、寺務所もよい感じなのだ。

そのまま直進すると、等々力渓谷に降りることができる。ちょっと向きが反対なのだが、本堂から降り始めて、後ろをふり返るとこんな感じだ。建物が傾斜地に建てられているのがよくわかる。

石段を降りて、感覚的にかなり下にお休み処がある。雪月花というのだそうだ。今日は混雑していて待っている人もいた。デジカメのデータをかなり暗めに自分で補正したが、それでも明るく写ってしまう。

実際はもっと鬱蒼としていて、ライトを当てているのが効果的な場所だ。木が葉っぱを落とせば明るくなるが、この時期は暗くて雰囲気がある。

そばにある不動の滝。水量は多くないが枯れることはないとか。目黒不動尊の方が水量は多いかもしれない。

少し降りると等々力渓谷だ。もちろん、実際はもっと暗くて湿度が高い。道はしっかり整備されていて、泥だらけになることはない。休日は人が多い。夜中に行くと幽霊がでるかもしれないよ。

今日はともかく蒸し暑い。からっと晴れた日なら涼しいかもしれない。

東京都世田谷区等々力1丁目22−47

等等力不動尊
★★★★☆ · 佛寺 · 1 Chome-22-47 Todoroki

コメント

タイトルとURLをコピーしました