醫王寺 世田谷区

駒沢通りを走り、日体大手前の深沢不動隣に醫王寺はある。何度前を通ったかわからないが、寄ったのは初めてだった。境内に創作和食 田 (でん) という料理屋さんがあって、看板が出ているので、お寺があると思わず、すごく立派な料理屋さんがあると思っていたのだ。

山門がコロナのためか閉まっていたので、駐車場から入った。

医王寺境内と本堂

境内は少し乾いている感じ。駒沢通りのすぐ横で大きな木がたくさんあるわけでないから仕方がないかもしれない。

境内右に、弘法大師一千百年御遠忌供養塔があった。このあたりの感じだと、もともと木がたくさんあったのかもしれない。

弘法大師一千百年御遠忌供養塔

山門は閉まっているのだが、山門から本堂の方を見た。こんな感じに見える。

医王寺山門から本堂

本堂は参拝する人のために、少しだけ開いていた。

医王寺本堂

醫王寺の扁額

医王寺扁額

世田谷寺社と史跡(その二)にはこのように書かれている。

医王寺

真言宗智山派で満願寺末,薬王山宝寿院と号す。寛永2年(1625)に谷岡又左衛門尉庸重により開基せられた。開山は僧正霊応大和尚である。宝暦11年(1761)本堂より火を発し,薬師堂を除く外は全部鳥有に帰した。時の憲勝和尚は責任を感じて等空と改名し,付近に等空庵という庵を結び,毎日観音像を背負い再興のため托鉢をなすこと3年,付近の住民の協力を得て再建された。

本尊は大日如来で,前記の観音像を本堂の横に堂を建てて安置した。本尊の台座には開基の名を彫っている。

『新編武蔵国風土記稿』によれば,「除地一段歩,村ノ中央ニアリ,(中略)開基谷岡又左衛門重久,元禄四年正月九日死ス,法名法寿院ト号ス,(中略)本尊大日如来坐像ニテ長二尺,本堂七間ニ五間半,門両柱ノ間九尺,本堂トモニ東向ナリ,薬師堂門ヲ入テ右二アリ,三間四面薬師如来ヲ安ズ,長1尺,木像」と記している。

寛文12年(1672)に谷岡重勝の奉納した扁額や太田三左衞門左良の奉納した「瑠璃殿」の扁額がある。『深沢明細録』によれば,大額は竜沢の書,瑠璃殿のは浅草大護院道本阿闍梨筆,仏前のは豪徳寺東流禅師の筆,向拝のは道本の筆,聯は東流筆であった。

東方くすりのめくみふか沢のふかきちからの瑠璃の玉水 左良

昭和20年戦災で焼失し,近年鉄筋コンクリート造となった。

本堂から振りかえるとこんな感じ。

医王寺本堂から振りかえる

境内に入って右の隅に小さな祠があった。可愛い顔をしたキツネさんが守っていた。

医王寺境内の小祠

東京都世田谷区深沢6丁目14−2

地図などはこちら。

醫王寺
★★★★☆ · 仏教寺院 · 深沢6丁目14−2

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